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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)5621号 判決

原告

高木誠

右訴訟代理人

内藤功

山田裕祥

岡村親宜

小林良明

被告

昭和鉄工有限会社

右代表者

菊地繁

被告

菊地繁

右両名訴訟代理人

井上四郎

井上庸一

北村行夫

被告

寺内正雄

右訴訟代理人

片平幸夫

主文

一  被告昭和鉄工有限会社は原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五三年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告昭和鉄工有限会社に対するその余の請求及び被告菊地繁、同寺内正雄に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告昭和鉄工有限会社との間に生じたものは被告昭和鉄工有限会社の負担とし、原告と被告菊地繁及び原告と被告寺内正雄との間に生じたものはいずれも原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判〈省略〉

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  (本件事故の発生)

原告は、昭和四七年五月六日午前八時三〇分頃、東京都品川区中延二丁目一番二〇号砂村家具店株式会社新築工事の現場(以下、「本件現場」という。)で、スレート葺鉄骨造のガレージ二棟の解体作業中、高さ約4.5メートルのスレート葺屋根の上にあがつて、スレートを止めてあるボルトをはずしていた際、スレートを踏み抜き屋根から墜落し、頭部外傷、脊髄損傷の重傷を負つた(以下、「本件事故」という。)

2  (被告らの責任)

(一) 使用者は、労働契約に基き、その使用従属下にある労働者に対し、労働者の不注意をも予測して、不可抗力以外の労働災害を防止するための万全の措置を講ずべき義務(安全保護義務)を負うものであり、また直接の使用者のみならず、注文者あるいは元請人であつても、当該労働者に対し事実上の指揮監督権があり使用者被用者の関係と同視できるような経済的、社会的関係が認められるような場合にも、同様に右義務を負うものである。そして、高所のスレート葺屋根の上で作業を行わせる場合には、事業者は、幅三〇センチメートル以上の歩み板を設け、防網を張るなどして労働者の踏み抜きによる墜落防止措置を講じなければならないところ(労働安全衛生規則第五二四条)、被告らは、右義務に違反しこれらの措置を全くとらなかつたため、本件事故は、発生したものである。すなわち、

(二) 原告は、鉄骨の製作、組立作業を行う現場労働者(五名)の集りである高木組の親方であるが、高木組は、店舗も工場も所有せず、わずかに酸素アセチレン、電気溶接等の機具その他スパナのような簡単な道具を車の中に積み込み所持しているだけで、足場板、安全ネット、命綱、ヘルメット等の安全用具を一切所持せず。右用具一切は、元請が用意してくれるものを使用し作業を行う、労働力のみを提供する純粋な下請労働者である。

(三) 被告寺内正雄は、寺内工務店なる商号で建築業を営む者で、昭和四七年四月頃、砂村家具店から同店倉庫新築工事及び同現場に存在したスレー卜葺鉄骨造のガレージ二棟の解体工事(以下、「本件解体工事」という。)を請負い、同年四月末頃右解体工事を被告昭和鉄工有限会社に下請に出したものである。

右のように本件解体工事は、被告寺内が施主から請負つた倉庫新築工事の一環としてなされ、これに附随する工事であり、全体的にみれば、本件解体工事現場は、被告昭和鉄工の支配管理下にあるとともに、被告寺内の支配管理下にあつたものである。そして被告寺内は、元請人であり、労働安全衛生法により、スレート上での作業について安全設備を設置すべき義務を負う事業者で最終的な安全統括管理責任者として、被告昭和鉄工及び同菊地とともに本件解体工事の安全面において、原告を指揮監督する権限と義務があつたものである。従つて、被告寺内と原告との間には、直接、雇傭契約はないが事実上の使用従属関係が存したものであり、同被告は原告との労働関係に基づく信義則上の義務として、原告に対し安全保護義務を負うものである。

(四) 被告昭和鉄工は、鉄骨の加工、組立等を業とする会社であるが、被告寺内から請負つた本件解体工事を更に原告に対し下請に出したものであり、本件事故当時、事務職一名、作業員二名位の規模で代表者である被告菊地繁が現場に出て作業の指揮、監督をする個人的色彩の強い会社である。

そして被告昭和鉄工は、鉄骨工事を請負つた場合、常傭する作業員だけで足りないときは、高木組や福田組のように労働者の集りで労働力のみを提供する従属的下請業者を雇い、被告菊地の指揮、監督の下に、被告昭和鉄工の工場内において、その資材、設備、工具等を利用して鉄骨の加工作業に従事させたり、鉄骨組立現場において、資材、工具等の提供のみならず、足場等の安全設備や命綱等の保護具を提供する等して作業に従事させてきた。そして、右関係は一回限りでなく、ある程度継続的な関係として続いてきたものであり、右のように被告昭和鉄工は、高木組が簡単な工具のみを所持し、労働力のみを提供する下請業者であることを十分に知悉しており、従前からも、被告昭和鉄工が高木組に下請に出す場合には、同被告の責任で安全設備を設置し、同被告の代表者の被告菊地が指揮、監督してきた。そして被告昭和鉄工と原告との間で請負契約が締結されるときは、右のことが当然の前提となつていたものであり、本件解体工事も、右関係の延長としてなされたものであり、被告昭和鉄工の代表者被告菊地は、原告に対し、昭和四七年五月六日に本件現場で仕事にかかるように、またスレートは他の現場で再度使用するので壊さないでとりはずすように指示した。従つて原告と被告昭和鉄工とは、本件解体工事につき法形式的には請負契約を締結したものであるが、右関係をより実質的にみるならば、労働契約が締結されたものとみるべきであり、被告昭和鉄工は使用者として原告に対し、安全保護義務を負うものである。

(五) 被告菊地は、被告昭和鉄工の代表者として事業主のために、本件解体工事につき原告に対し、実質的な指揮、監督をする権限と義務を有していたものであり、労働基準法上の使用者に該当し、従つて、本件事故当時適用のあつた昭和四七年六月八日法律第五七号改正前労働基準法四二条及び旧安全衛生規則第一一二条にいう「使用者」に該当することは明らかである。そして被告菊地と原告との関係は、実質上、使用者、被用者の関係と同視できるような経済的、社会的関係が認められるのであるから、事業主の被告昭和鉄工とともに、信義則上原告に対し安全保護義務を負うものである。〈以下、事実省略〉

理由

一〈証拠〉によれば、請求原因1の事実(但し、原告と被告寺内間では、本件現場で事故が発生したこと自体は争いがない。)が認められ、右認定に反する証拠はない。

二被告寺内が、昭和四七年四月頃、砂村家具店から本件解体工事を請負つた事実は、各当事者間に争いがないところ、原告は、本件解体工事を、被告寺内が被告昭和鉄工に、更に被告昭和鉄工が原告に各下請に出した旨主張するので判断する。

前記争いのない事実及び〈証拠〉によれば、被告寺内は、寺内工務店なる商号で建設業を営んでいた者(右事実は、原右と被告寺内間では争いがない。)であるが、昭和四七年四月頃砂村家具店から同店倉庫新築工事を依頼されこれを請負い、右工事のうちの鉄骨工事、鉄骨建方工事、金物工事を被告昭和鉄工に下請に出したこと、右の頃、被告寺内は、右新築工事とは別に砂村家具店から右工場の現場に存するスレート葺鉄骨造のガレージ二棟を解体する工事をサービスとして無料でやるように依頼され、これを引受けたが、被告寺内自身は、木造建築専門の業者であり、鉄骨建物の解体が不慣れであつたため、鉄骨専門業者である被告昭和鉄工に右解体工事も依頼しようと考え、同被告の代表者である被告菊地を昭和四七年四月下旬頃本件現場に案内したこと、そして右現場で被告菊地は被告寺内に対し、本件解体工事を代金二六万円で請負うことを承諾したこと、更に右の頃、被告菊地は、本件解体工事を、後記のように以前から下請として使用していた原告に代金九万円で下請に出したこと、原告は、被告菊地から本件事故の二、三日前に電話で、五月六日に本件解体工事にとりかかるように指示されたことの各事実を認めることができる。

被告代表者兼被告菊地は、本件解体工事については、被告寺内と代金面で折り合いがつかなかつたため、結局、被告昭和鉄工と被告寺内の間では契約は成立せず。被告寺内に原告を紹介し、直接被告寺内と原告間で本件解体工事につき下請契約が成立した旨供述(第一回)するが、右供述は前掲各証拠に照らし信用できない。また、〈証拠〉によれば、被告昭和鉄工は、昭和四八年一月末頃「砂村家具店ガレージ解体」として、「高木組分三五〇〇〇円」、「昭和鉄工分手間代一五〇〇〇円」なる旨記載された請求書を、他の請求書と一括して被告寺内に送付した事実が認められるが、被告寺内正雄の本人尋問の結果によると、本件事故後、本件解体工事の残りの大部分は被告寺内が他の業者に依頼して解体し、被告昭和鉄工はあとの切断作業のみをしたことが認められる。そうしてみると、被告昭和鉄工が被告寺内に対し、本件解体工事に要する費用の全額を請求していないのは当然であり、また右請求書は「高木組分」「昭和鉄工分手間代」と区別して記載されているが、右記載は請求金額の内訳け明細を書いたものとも考えられ、当初被告が本件解体工事を一括請負つた事実と何等矛盾するものではなく、また証人大内禧の証言によれば、右請求書の「高木組分」の右横の摘要欄の「立替分」なる旨の記載は、後日同人が書き加えたものであることが認められ、右記載は本件訴訟を意識して書き加えたものではないかとの疑問があり、右丙第四号証の五をもつてしては、前記認定事実を覆えすに足りず、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。

三次に被告らの責任について検討をする。

(一)  〈証拠〉によると、原告は、昭和四七年五月六日午前七時過ぎ頃からその配下の三人の労働者と本件解体工事にとりかかり、同日午前七時三〇分頃、本件ガレージの屋根の上に上がり、スレートを止めてあるフックボルトをはずす際、誤つて鉄骨から足を踏みはずし、スレートを踏み抜き、約4.5メートルの高さから床面に落下し、頭等を強く打ち頸椎骨折、頸髄損傷の重傷を負つたこと、本件ガレージは、棟の高さは床面から約四ないし五メートルのスレート葺鉄骨造であり、スレートはもろく破損しやすく、普通の大人の体重程度の重量を支えることはできないこと、本件事故当時、原告及びその配下の労働者は、ヘルメットをかぶらず、また本件現場には、歩み板、命綱、落下防止の網等の安全を確保する設備が全くなされていなかつたこと、本件解体作業にあたり被告菊地から原告に対し、本件スレートは他の現場で使用する予定があり、壊さずにはずすように指示されていたため、原告らは、鉄骨の上に乗つてスレートを一枚ずつとりはずす作業をしていたことが各認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実からみると、本件事故の主たる原因は、本件現場に歩み板を設け、防網を張るなど踏み抜きによる墜落防止措置を全く講じられていなかつたことによるものと推認される。

(二)  〈証拠〉を綜合すると次の事実を認めることができる。

(1)  原告は、鉄骨の製作、組立作業を行う現場労働者の集りである高木組の親方(右事実は、各当事者間で争いがない。)で、本件事故当時その配下に五人の労働者がいた。原告は、これといつた資産がなく、店舗、工場等自己独自の仕事場を持たず、酸素アセチレン、電気溶接等の機具、スパナ等の工具を所持し、これらの工具を車に積み込んで、注文先の工場、現場等に赴き、必要な資材の提供を受け、安全設備等についても、ヘルメット、歩み板、命綱等の安全保護用具を自から用意することなく、現場に用意されたものを利用して、作業をする下請労働者である。

(2)  一方被告昭和鉄工は、鉄骨、金物等の工事の請負を業とする会社であるが、労働者二名位を雇傭しているにすぎず、鉄骨加工、組立工事等の規模によつては、施工するのに必要な労働者を雇傭していないことから、昭和四二、三年頃から、継続的に三伸工業株式会社に下請に出していた。三伸工業は、更に右昭和鉄工から請けた仕事を原告あるいは原告のように何人かの労働者を配下にもち、ある程度まとまつた労働力を他に供給する能力を有している、いわゆる親方に下請の形式で出していた。ところが三伸工業は、昭和五〇年の初頃手形不渡りを出し、事実上倒産したが、それ以前の同四五、六年頃から経営が思わしくなくなつたところから、右の頃から被告昭和鉄工は、三伸工業を通さずに直接原告に下請に出すことが次第に多くなつた。そして本件事故当時、原告の全仕事の中、被告昭和鉄工からの注文の仕事は、約二、三割であつた。

(3)  被告昭和鉄工が原告に直接工事を請負わせた場合には、原告が前記(1)のように主として労働力のみを提供する下請専門の労働者であるところから、被告昭和鉄工が当該工事を遂行する上で必要な資材及び安全設備等を確保し、被告菊地が工事の工程及び施工方法等につき指示監督していた。そして原告と被告昭和鉄工との下請契約における請負代金については、現場毎に原告と被告菊地が図面等をみながら、鉄一トン当りいくらと単価をきめ決定する。いわゆる出来高払制が多く、原告が当該仕事に要する配下の労働者に支払う賃金と同一の金額で定める方法は、簡単な仕事以外はあまりなかつた。本件解体工事は規模の小さい臨時的な仕事でもあり、一平方メートル当りの単価を基準にしたわけではなく、いわゆるどんぶり勘定で決められた。

(4)  被告菊地は原告に対し、前記のように五月六日に本件解体工事に着手するように、また右工事に際しては、スレートは他の現場で再度使用するので壊さぬように指示をした。もつとも、原告は、自己の判断で、できるだけはやく仕事を終らせるために、早朝から本件解体工事に着手した。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する被告昭和鉄工代表者兼菊地繁の本人尋問の結果は信用しない。

右認定事実によれば、原告は配下の労働者を連れて、作業を命じられた場所で必要な資材及び必要な安全設備の提供を受けて作業をしていたものであり、その作業する労働環境を自から決定する立場にはなく、一方被告昭和鉄工は、自己の労働力の不足を補うため従前から必要に応じてある程度継続的に原告及びその配下の労働者の労働力を利用し、また利用できる立場にあり、そして原告らの労働力を利用する場合には、原告らを被用者同然に使用して、その労働力を何時、どの現場でどのような作業に従事させるか等につき指揮、命令権を有していたものであり、原告らと被告昭和鉄工との間には、使用、従属の関係があつたものといえる。そして、本件解体工事も右関係を前提にしてなされたものと認められる。そうだとすると、原告と被告昭和鉄工との間で本件解体工事につきなされた契約は請負契約の形式をとつてはいるが、その実質は使用従属の関係にある労働契約とみることができ、被告昭和鉄工は原告に対し、右契約に基づく安全保護義務を負うものである。

そして、被告昭和鉄工は右義務に基づき本件現場に前記認定の踏み抜きによる墜落防止措置を講ずるべきであつたにもかかわらず、右義務に違反し、何等の措置を講じなかつたのであるから、同被告は原告に対し、後記損害を賠償する義務がある。

もつとも、本件解体工事は、ガレージを解体するという比較的単純な作業であり、被告昭和鉄工が原告を本件現場で具体的な解体作業につき指示する余地は殆んどないと思われ、また前記のように本件請負代金も一平方メートル当りの単価を基準にして決定するいわゆる出来高方式ではなく、いわゆるどんぶり勘定的に決定されたものであり、原告が早朝から作業に着手したのも、自己の判断で、それだけ利益を多くあげるためであつたと思われ、右の点のみからみると本件解体工事については請負的な側面が存することは否定できないが、前記説示のように、被告昭和鉄工は原告に対し、本件解体工事につき指揮、命令する立場にあつたものであり、右各事実のみでは前記認定を覆えすに足りない。

(三) 被告菊地が被告昭和鉄工の代表者であることは、原告と被告昭和鉄工及び同菊地との間で争いがないが、原告主張の契約的側面における安全保護義務は、前記のように被告昭和鉄工が原告に対し負担するものであり、被告菊地は被告昭和鉄工の代表者として右義務を直接履行する立場にあり、右義務を履行するうえで、原告に対し指揮、監督することはあるにしても、原告と直接契約関係にない被告菊地が原告に対し、被告昭和鉄工とは別個に原告主張の如き安全保護義務を負担するものとはいえず、被告菊地個人の不法行為責任の有無はともかく、原告の右主張は失当である。その他本件全証拠によるも、被告菊地が原告主張の如き安全保護義務を負担している事実を認めることができない(なお、原告は、昭和四七年六月八日法律第五七号により改正される前の労働基準法第四二条、四三条及び労働安全規則(いずれも本件事故当時適用された法令である。)においては、被告菊地は「使用者」として安全措置義務を負いかつ刑事罰の対象とされていたのであるから、被告菊地は当然原告主張の如き契約的側面でも安全保護義務を負うべきであると主張するが、仮に原告主張のように被告菊地が旧労働安全規則に規定する安全措置義務を負担したとしても、前記のように被告菊地が不法行為責任を負うかどうかはともかくとして、当然に契約的側面における安全保護義務を負ういわれはないことは明らかである。)。

(四)  被告寺内が本件解体工事を施主である砂村家具店から直接請負つた元請人であることは、各当事者間に争いがない。

被告寺内正雄本人尋問の結果によれば、本件解体工事は、被告寺内が砂村家具店から請負つた砂村家具店倉庫新築工事を着工する前の右新築現場に存するガレージ二棟を解体する工事で、右解体工事時点においては、本件現場は未だ新築工事の元請である被告寺内の支配、管理下にはなかつたこと、被告寺内は、木造建築の専門業者であり、これまでも原告に直接下請に出したことはなく、本件も事故が発生するまでは、被告昭和鉄工が下請に出していたことを知らなかつたことが各認められ(右認定に反する証拠はない。)、本件全証拠によるも、原告主張のように、本件解体工事の元請人である被告寺内と原告との間に使用者と被用者との関係またはこれと同視し得る関係すなわち使用従属関係があつた事実を認めることができない。よつて、原告の被告寺内に対する請求は理由がない。

四そこで、本件事故により原告の被つた損害について判断する。

1  原告の得べかりし利益

〈証拠〉によれば、原告は、本件事故当時満三二才(昭和一五年二月二三日生)の健康な男子であり、本件事故にあうまで鉄骨建築物組立解体作業等の下請労働により収入を得ていたが、本件事故により第五、六、七頸椎骨折兼頸髄損傷を負い四肢体幹機能障害(障害等級第一級)により労働能力を全く喪失し、今後将来にわたり稼動して収入を得ることは全く不可能となつたこと、原告は、本件事故当時、少なくとも労働省統計情報部発行の賃金センサス(昭和五三年度)第一巻第一表、全産業、企業規模計、学歴計、全年令、全男子労働者の平均給与年額である三〇〇万四七〇〇円の収入を得ていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そして三二才の健康な男子の就労可能年数は、三五年間と認めるのが相当でありその間年五分の割合による中間利息をライプニッツ方式により控除して計算すると、次のとおり四九一九万九〇〇〇円(一〇〇〇円未満切捨て)となる。

300万4700(円)×16,3741(35年間のライプニッツ係数)=4619万9258(円)

2  付添費用

(一)  原告は、荏原病院及び板橋日大病院に入院中、妻その他の近親者が付添つた旨主張するが、本件全証拠によるも右事実を認めることができない。よつて右期間の付添費用を請求する原告の主張は理由がない。

(二)  原告は、山梨療養所へ転院した二年後である昭和四九年後半頃から何時でも退院できる状態であつたが、被告らが原告の賠償請求に応じないため入院を続けざるを得なかつたとし、昭和四九年九月後半から同五六年までの付添費を請求するが、仮に原告主張のように右の頃から何時でも退院できる状態であつたとしても、現実に原告が右費用を出費していないのであるから本件事故による損害といえないことは明らかである。よつて原告の右主張は理由がない。

(三)  〈証拠〉によれば、原告は第五、六、七頸椎骨折兼頸髄損傷により四肢が麻痺している状態であるが、右症状は昭和五〇年三月一九日から症状が固定しており、本人が希望するなら専門的な職業付添人の看護のもとで自宅療養も可能であることが認められ、原告本人尋問の結果によれば、原告自身も家族共に自宅で療養することを希望していることが認められる。そうしてみると、原告は、本判決言渡後、遅くとも昭和五八年初めには退院し、自宅で職業付添人の看護のもとに、一生涯療養生活を送るものと考えられる。そして昭和五八年には原告(昭和一五年二月二三日生)は四三才となり、四三才の男子の平均余命は三一年(但し、小数点以下切捨て)であることは統計上(厚生省大臣官房統計情報部第一四回生命表)明らかであるから、原告も右年間生存可能と推認でき、その期間付添が必要とみるのが相当である。そして弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一九号証によれば、職業付添人を雇傭するには少なくとも日額五七八〇円(准看護婦の日当)の費用を要するものと認められる。そこで右将来の付添費を損害の発生の後である本件訴状送達の日の翌日である昭和五三年六月三〇日の時点において一時にその金額の支払を受けるものとして年五分の割合による中間利息をライプニッツ方式により控除して計算すると、次のとおり二四七九万三〇〇〇円(一〇〇〇円未満切捨て)となる。

5560(円)×365×{16,5468(36年間のライプニッツ係数)−43294(5年間のライプニッツ係数)}=2479万3991(円)

3  慰藉料

〈証拠〉によれば、原告は、本件事故により第五、六、七頸椎骨折兼頸髄損傷の重傷を負い四肢が完全に麻痺し、右症状は、現在の医学では改善される可能性はなく一生涯車椅子での生活をせざるを得ず、現在でも手足の劇痛に悩まされていることが認められ、その他前記認定の本件諸般の事情を斟酌すると、本件慰藉料として一五〇〇万円が相当である。

五次に被告昭和鉄工の過失相殺の抗弁について検討するに、前記三で認定した如く、原告は本件解体作業中誤つて鉄骨から足を踏みはずして、スレートを踏み抜いたものであるから、原告自身にも過失があり、それが本件事故の発生に寄与したものであるから、その割合に応じ本件損害額から控除をなすのが公平の見地からみて相当と考えられるところ、前記認定の本件事故の態様その他諸般の事情を考慮して右過失を二割とみるのを相当とする。よつて、右認定の損害額につき右過失を斟酌すると、被告昭和鉄工の本件損害についての賠償義務は七一一九万三〇〇〇円(一〇〇〇円未満切捨て)と認められる。

六次に遅延損害金の起算点につき検討するに、本件損害賠償債務は債務不履行に基づくものであるから、期限の定めのない債務として履行の催告によつてはじめて遅滞に陥るものと解すべきであり、特段の主張立証のない本件においては、遅延損害金債務は、被告昭和鉄工に対し訴状が送達された日の翌日である昭和五三年六月三〇日から発生するものというべきである。

七以上の次第であるから、原告の本訴請求中、被告昭和鉄工に対する請求中五〇〇〇万円一個の損害賠償請求のうち一部が請求されている本件の如き場合、損害の全額から過失割合による減額をし、残額が請求額をこえるときは請求の全額を認容することができるものと解される。及びこれに対する昭和五三年六月三〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合を求める部分は理由があるからこれを認容しその余の請求は理由がないから棄却し、被告菊地、同寺内に対する請求は全部理由がないから棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条但書を、仮執行の宣言については同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(満田忠彦)

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